~象さんとドリアンで有名なランプンより~ |
職種:助産師
任地:スマトラ島、東ランプン県
配属先:東ランプン県保健衛生事務所
はじめまして。現在ランプンで活動しています。任地で生活を始めて、約2カ月半経過しました。今回は、任地や配属先の様子、これまでの活動内容や今後の活動予定、現地での生活の様子などを紹介したいと思います。
ここ東ランプン県は、スマトラ島の南端にあるバンダルランプンの州都から北へ約100km、車で約2時間のところにあります(首都ジャカルタから約300km)。見渡すかぎり田畑が広がり、椰子の木、バナナ・パパイア・カカオなどといった沢山の木々にも囲まれ、大自然の中にあります。
県内には、公立病院1、保健所(プスケスマス)31、保健所支所(ポスケスデス)257、村の保健サービスポスト(ポシアンドゥ)約1200などの保健医療施設等があります。
配属先では、これらの施設の指揮・監督・指導など、いわゆる保健医療行政の中核を担っています。私は、家族健康課に所属しており、この課では主に母子保健事業に取り組んでいます。
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ここ東ランプン県では、今なお伝統産婆(無資格)による出産が出生全体の18%ほど残ってます。
妊産婦死亡率(※1) = 91.8人 (4.8人)
乳児死亡率(※2) = 4.2人 (2.6人)
早期新生児死亡率(※3) = 3.6人 (1.0人)
※1:妊産婦10万人に対して。
※2:出生 1,000人に対して。
※3:出生 1,000人に対して。
・東ランプン県:2008年度版
・()内は日本の統計:2006年度版
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これらを踏まえて、私に対する要請内容は、地域助産師に対して母子保健全般に対する助言・指導ならびに改善が求められています(健康に生きるための啓発活動の支援、母子手帳を有効活用するための啓発活動、まだ定着していない地域での母親学級の支援)。
現在、まだ赴任して間もないため、本格的な活動は始まっていません。今は、現地での生活や言葉、職場等に慣れるためのオリエンテーション期間中であり、職場の仲間に顔と名前を覚えてもらいつつ、保健所や保健所支所の巡回に同行させてもらうことで、インドネシアの保健医療システム等を学んでいます。
その合間で、管内の保健統計資料を集めている段階です。
今後の活動計画としては、引続き必要なデータ収集を行い、その情報をもとに分析・考察し、課題を明らかにした上で、今後の私の活動拠点となる、保健所や保健所支所を抽出し、本格的な地域(村)での活動が始まる予定です。
現在、所属する上司(助産師)の家でホームステイしています。上司でもあるイブ(お母さん)は、家では助産所(3床)を経営しています。このように、インドネシアの助産師は、日中は事務所勤めし、家では助産所を経営している人も少なくありません。
そのため、イブは夜中お産がある時は、昼も夜も働きます。また、インドネシアの助産師は、ミニドクター的存在なので、ステイ先の助産所には、病気やけがをした人が診察に来ます。
インドネシアの助産師は、基本忙しく、働き者の印象を受けます。
しかし、一方で、malas(億劫だ)と言って、時々(よく)事務所を休みます。ここがインドネシア人のsantai saja!(のんびりよ!!) の気質をよく表わしており、それを受け入れられる大らかな国、国民性であることがよく分かります。
ホームステイ先の食事は、主食がご飯、蛋白源は肉(鶏や羊)や魚、豆腐製品、卵が多く、量は少なめですが、野菜や果物も出るので、栄養バランス的には恵まれていると思います。料理の調理法や味付けも豊富で、毎日の食事がとても楽しみです。
お風呂はインドネシア方式の朝夕2回の水浴び、トイレで用を足す時には紙の代わりに左手を使用しています。慣れるまでは、このインドネシア式のお風呂とトイレが大変でしたが、やるしかないのです。だいぶ慣れました。
果物について、ちょっと紹介。
果物は、さすが東南アジアですね!!沢山あります。今の時期でマンゴ(大)3個で100円です。本格的なマンゴーの季節になると、それが50円になるそうです。またランプンでは、果物の王様といわれている、ドリアンが有名で、もうすぐ本格的なドリアンの季節がやってきます。食べる回数を重ねるごとにドリアンの美味しさがわかり始めた今日この頃です。
このように、私自身ものんびりとした時間と人たちの中で生活しています。ここ任地では、お店もほとんどありませんが、沢山のインドネシア人に支えてもらいながら、助けてもらいながら、今のところ楽しんで生活しています。
最後になりましたが、もうしばらくすると、本格的な村での保健活動が始まります。その時には、JICAボランティアの基本である、地域の人たちの目線で、地域の人々と共に活動し、共に学び合い、共に喜び合えるように、有意義な2年間となるように頑張りたいと思っています。今後、時々でもこのように活動や生活の紹介ができればと思っています。
それでは、またお会いする日まで(Sampai jumpa lagi!!)
平成22年10月10日